話すことがあまり上手くは無い。特にスピーチ。苦手です。
前にいた会社では朝礼の時に当番で3分間スピーチをしなくてはならなくて、はっきり言って苦痛だった。たまにすんなり無事に終わる場合もあったが、だいたいはそうはならず、恥ずかしい思いもしたものだ。
はっきり言って結構悩んだ。ボクのスピーチを聞いたことがある人は行き当たりばったりで話をしているように見えていたかもしれないが、一応テーマや内容を練ったつもりで本番を迎えることも多かった。前の晩に原稿用紙に書いて考えたこともあった。
でもね。。。実際、朝礼の現場で話し始めると、そんな事前準備なんてものは一瞬にして吹っ飛んでしまう。頭が真っ白になってしまう。。。ああ嫌だ嫌だ。
一体なんでこんなことになるんだろうと不思議なくらいだった。でも今は理由がほぼはっきりしている。
理由:遺伝
どうしようもないです。これだと。。。。自分の努力を打ち消すDNAのパワーには勝てません。またある意味ほっとした。
ボクの父親のスピーチは僕に比べて二重に輪をかけて滅茶苦茶だった。
・小学校最後の運動会
小学6年生の時、親父が小学校のPTA会長になってしまった。
リーダーシップをバリバリ発揮するとか調整能力に長けていたというわけではない。
自分で会社をやっていて時間的に自由がきいたためか。まあそれよりも他に何人も頼んでまわったが、どうしてもひき受け手が無く、仕方が無いので腐りかかった白羽の矢が最後に親父に刺さってしまったのが本当のようだった。
で、秋の運動会に親父が来賓でやって来た。
運動神経が人より群を抜いて鈍かったボクは、小さな頃から親に運動会に来て欲しいなんて唯の一度も思ったことは無い。。。親父もそんな所に顔なんて出したことは無い。
でも浮世の義理で来てしまった。来てるとわかっているだけで心が重かった。
来賓あいさつがあって親父が朝礼台に登って祝辞を述べ始めた。
緊張のあまり、ガチガチになっていた。多分土俵上の高見盛より力が入ってたと思う。一生懸命なのはわかる。慣れていないのに原稿を見ずに話をしているので、所々話が抜けかかってしまったり、止まりかかったりしていた。なんとなく聞いている人もザワザワし始めた気がした。
いつも学校の先生がしているようなスラスラとした流れではなかった。ああこの人は話が下手なんやなあと初めて思った。正直少しがっかりした。
優等生でも人気者でもないボクではあったが、にもかかわらずその親に役職を頼んでくる学校は何考えてるねんと思ったものだ。子供にとっては迷惑至極だ。人前で緊張して硬くなってる親なんて見たくは無い
ボクの小学校卒業式にはまた来賓として出席したが、肝心の卒業生であるボクは風邪で高熱を出し欠席。親だけ出席。でも祝辞を聞かなくて済んでどこかホッとした。
神様ありがとう!!!
・姉の結婚式
十数年前、姉が結婚し、大阪市内の某ホテルで結婚式と披露宴があった。
式の直前、双方の親族が向かい合って座っていた時、親族紹介の機会があった。新郎側は若干人数も少なく、年齢の高い人も多かったが、新郎のお父さんがそれぞれ名前と新郎との続柄をごく簡単に述べた。。。。
で、新婦側。。。。紹介するはウチの親父。。。。ボロボロだった。。なんでやねん。
それぞれの名前はバラバラ、続柄はグチャグチャだった。
僕は親父の息子ではなくなり、親父の弟(叔父)が何故か僕の弟になっていた。
しかも名前まで間違えて。。。。その他の人も同じく。。。
その人の顔を見てこれは誰なのかを言うだけなのに何で間違えるのか。。。
ハッキリ言って目茶目茶面白かった。
間違えられた方も隣の人と笑いながら話をする。ザワザワし始めた。神妙にしなければいけないのに笑いを堪えるのに苦労した。やがてそこここから失笑やら爆笑が起こった。ある意味明るい場となった。
・会社でも親父の舌禍事件で身の毛もよだつような思いを何度もしたが話がエグイのでここでは止めておきます。
で親父の様子を見ていると、一対一や少数で話をするときはごく普通に話をするが、スピーチになると全然だめだ。柄にも無く」、大勢の前でスマートにカッコ良くなどという思いが強くなり過ぎたんだろう。
僕も含めスピーチの苦手な人はそんな人が多い。
多くの人の前で話しても聞き手は「ひとり一人」であるので、結局ひとりに話しかけるように話せば良いのではないかなと思うようになった。
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